萩は秋の七草に数えられるように、秋の花というイメージが定着しています。
中秋の名月にススキと一緒にお供えする花として、また「おはぎ」や「萩の月」として連想される方も多いのではないでしょうか。
萩は「七草」に数えられますが、草ではなく落葉低木に分類されます。
名前の由来は「生え芽(はえき)」で、刈ってもまた生えてくる生命力の強さを表していますが、いつしか「くさかんむりに秋」という漢字が定着しています。
秋の花の代表といった印象を与えますが、開花時期は意外に早く、7月~9月が見頃です。
万葉の昔から日本人の心を慰め、生活に寄り添ってきた花、萩についてしばし思いを馳せてみませんか。
萩(ハギ)はどんな花?
マメ科の落葉低木
「萩」はマメ科の落葉低木で、ヤマハギなど日本に自生するものや、ミヤギノハギ(宮城野萩)などのように園芸品種として改良されたものも含めた総称です。
落葉低木に分類されていますが、枝は細く花の時期には大きくしなるため、木というには華奢で優美な印象を受けます。
その儚さと小さく清楚な花が、古くから日本人の心をつかんでやまないのでしょう。
萩の花をよく見ると、ごく小さな蝶のようにも見えるマメ科特有の形をしています。
花弁は濃いピンク~赤みがかった紫のものが多く、品種によって黄色や白色もみられます。
この写真はどこで撮ったものかは不明ですが、野山に自生していたものと思われます。
萩は「パイオニア植物」
繊細で優美な花姿とは少しギャップがありますが、萩は非常に生命力が強く、やせた土地でよく育ちます。
マメ科の植物の根をよく見てみると、小さなこぶのようなものが無数についていますが、これは「根粒菌」といってマメ科植物と共生し、各々に必要な栄養を渡し合うという関係です。
そのため萩は栄養分の少ない土地でも育つことができ、植物の生育に適しない土地で他の植物に先駆けて根付かせることのできる「パイオニア植物」ともいわれています。
また、萩の名前の由来は「生え芽(はえき)」で、花が終わって地上部をすっかり刈り取ってしまっても冬を越し、春になれば新たに芽吹いてくる生命力を表しています(諸説あります)。
和歌に詠まれた萩の花
万葉集で最も多く詠まれた花
日本最古の歌集である万葉集には、数多くの花が詠まれています。
今も私たちの目を楽しませてくれる桜や梅、秋の象徴ともいえるススキなどが多く詠まれていますが、最も多く登場した花は何だと思いますか?
実は、万葉集で最も登場回数の多い花は「萩」で、141首(142首との説あり)も詠まれており、2位の梅が118首、意外にも桜は50首と、萩に遠く及びません。
秋風は 涼しくなりぬ 馬並(な)めて いざ野に行かな 萩の花見に(万葉集巻10-2271 よみ人知らず)
秋風が涼しくなった。さあ、馬を並べて萩の花見に行きましょう、との意です。
「馬並めて」とは、馬で移動をしていた当時に複数人で馬を並べて出掛ける姿が想像できる表現で、万葉集にも複数使われているいわば常套句なのでしょう。
また、相聞歌(そうもんか・恋情を詠んだ歌)にも萩が詠まれています。
我妹子(わぎもこ)に 恋ひつつあらずは 秋萩の 咲きて散りぬる 花にあらましを(万葉集巻2-120 弓削皇子)
我妹子とは、想い人や恋人のことで、当時「妹」は妻や恋人にあたる女性を表す言葉でした。
あなたに恋をして思い悩むことなく、この秋萩のようにただ咲いて散ってしまいたいものだ、との意で、叶えられぬ恋への絶望感といったところです。
恋焦がれて消えてしまいたいくらいに悩む姿を、秋が暮れると共に儚く散りゆく萩の花と比喩することで情景がリアルに浮かびます。
余談ですが、根底に流れるものは一昔前のJ-POPの歌詞とそう変わらない気がして妙に感心してしまいました。
秋の七草とは
秋の七草については、山上憶良が詠んだ歌に全て網羅されています。
秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花(巻8-1537)
萩の花 尾花葛花 なでしこの花 おみなえし また藤袴 あさがおの花(同1538)
2首目は五七五七七ではなく少し変則的ではありますが、7種類の花の名前を羅列した歌です。
萩、尾花(ススキ)、葛花(クズ)、なでしこ、おみなえし、藤袴、あさがお(現在のキキョウ)で、最後のキキョウをあさがおと表現する以外は難なく通じるのではないでしょうか。
しかもこの7種類の花は、千年以上経過した今も絶滅することなく秋に咲き続けています。
春の七草は七草粥として無病息災を願って食べられるものですが、秋の七草はその花を愛でるという意味合いで選ばれているようです。
萩と人との関わり
萩と「おはぎ」の関係
さて、萩の特徴や生態、万葉の昔から人々に愛されていることについて触れてきましたが、そろそろ「花より団子」のお話に。
秋の彼岸に欠かせない「おはぎ」は「御萩」とも書きますが、ちょうど萩の花が咲くころに食べられています。
よく混乱しがちなのが「おはぎ」と「ぼたもち(牡丹餅)」ですが、基本的にはどちらも同じ食べ物です。
ぼたもちは春の彼岸に、おはぎは秋の彼岸にというのが一般的ですが、ぼたもちはこしあん、おはぎには粒あんが使われています。
小豆の収穫時期は秋で、春まで貯蔵しておいたものは皮が硬くなってしまうため、皮を取り除いてこしあんを作るのが春のぼたもち、収穫したばかりで皮の柔らかい小豆を丸ごと潰して作るのが秋のおはぎ、ということです。
粒あんで作ったおはぎは表面が粒々としていて、それが萩の花に似ているともいわれています。
もちろん諸説あり、すりごまやきな粉、近年ではずんだのおはぎも広く食べられています。
恥ずかしながら、筆者は数年前までぼたもち=粒あんでぽってりしている、おはぎ=こしあんでシュッとしている、というイメージを勝手に抱いて逆に覚えておりました(笑)
萩をモチーフとしたいろいろ
萩は暮らしの中に様々なモチーフとして溶け込んでいます。
着物や浴衣、和装小物として萩の柄は広く使われています。
花札では7月の柄として、猪や鹿、短冊と共に描かれています。
そしてあまりにも有名なのが、仙台の銘菓「萩の月」です。
宮城野は古くから萩の名所といわれていますが、そういえば「ミヤギノハギ」という品種がありますよね。
実はミヤギノハギは江戸時代に品種改良で作られた園芸品種で、古来より宮城野に自生していた萩とは別物です。
なんとなく残念な気もしますが、「宮城野の萩」という歌枕にもなっていたことから、野山に萩が咲き乱れていたことは間違いないようです。
ちなみに、ハギ属とは異なるセンダイハギ属の、その名も「センダイハギ(仙台萩)」も存在し、こちらは低木ではなく多年草で、黄色い花を咲かせます。
話を戻しますが、「萩の月」の由来は「萩の咲き乱れる宮城野の空にぽっかり浮かぶ名月」と製造元の「菓匠三全」さんのウェブサイトにあります。
萩は仙台市の花に制定されており、毎年秋には「萩まつり」が開催されています。
東北大学のロゴマークにも採用されていたり、ご当地マンホールのデザインにもなっていたりと、宮城野と萩の繋がりは現代まで色濃く続いています。
まとめ
秋を告げるように咲く繊細で優美な萩の花は、千年以上も前から人との深い関わりがあります。
萩はマメ科の落葉低木で、その小さく可憐な花からは想像できないほどの強い生命力を持つ植物です。
意外なことに、万葉集に最も多く詠まれた花は桜でも梅でもなく、萩なのです。
決して派手ではないけれど、人の心を優しく慰める美しさが萩にはあります。
生活の中にも萩は自然に溶け込んでいて、おはぎや萩の月、和装のモチーフや花札など枚挙に暇がありません。
残りわずかな萩の季節に、万葉の昔に思いを馳せながら萩を見に行くのも良いかも知れません。
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